道ー白磁の人

“配役は浅川巧に吉沢悠、友人のチョンリムにペ・スビン。故郷、山梨の林学校時代の友人に、亀治郎(現猿之助)。
巧の上司に大杉漣、田中要次、母に手塚理美といったベテラン柳宗悦は、出てきた瞬間、なんかチャラい宗悦だな~、誰だろ?と思ったら塩谷瞬。ペ・スビンは日本語の、吉沢悠は韓国語のセリフをいう場面がありますが、このペ・スビンの話す日本語は、うちの韓国人留学生の話す日本語とイントネーションというか、発音の癖が似てる。留学生の方がはるかにうまいんだけどね。大正時代の京城の町並みのセットなど、同じ時代の独立運動を描いた韓国映画「モダン・ボーイ」を思い出しました。
巧が朝鮮の服を着ても、朝鮮人にはなれないとチョンリムが諭すシーンがよかったです。
あのシーンがあったことで、巧を単にいい人として描くのではなく、彼のいた立場が鮮明になった気がします。
日本と朝鮮の葬礼が対照的に描かれたところも印象的です。
最初は、独立運動の弾圧に倒れた朝鮮人の葬儀。白い喪服を着た人々の葬列。
次が、身体が弱く、巧と結婚後に幼い娘を残して亡くなった最初の妻の葬儀。日本の黒いも服を着た人々の葬列。そして、朝鮮で亡くなった巧の葬儀。棺を担ぐ白衣の朝鮮人たちと、黒衣の日本人親族。
葬儀で号泣する朝鮮人を「みっともない」と言っていた巧の母も、自分の息子の葬儀では、葬列を一人離れ、人目につかない場所で号泣する。その背後から「好きなだけ泣いたらいい」と声をかける朝鮮人の老婦人。
朝鮮に住みながら露骨に朝鮮人蔑視をしてきた彼女にひとつの和解がおとずれた瞬間ともいえます。
もう一つ、朝鮮の風習がさりげなく描かれたのが子どもの誕生日の儀式。
チョンリムの息子1歳の誕生日、祝いの席で何を手に取るかでその子の将来が占われます。
息子は弓を取り、「将軍になるよ」と祝福されるのだが、それは、その後の伏線にもなっています。
また、巧の娘が生まれた日、チョンリムはワカメを持って祝いに駆けつけます。
これも産後の女性がワカメスープを食べることになっている風習を示していたのだろう。
地味ながらなかなかいいシーンがあり、浅川巧という人の生涯が胸にしみるいい映画でした。”

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